「働き方」の異なる複数シグナルの相互作用の数理モデル解析と実証

研究代表者
八杉徹雄
金沢大学 新学術創成研究機構 革新的統合バイオ研究コア 数理神経科学ユニット
https://ridb.kanazawa-u.ac.jp/public/detail.php?id=4475

研究概要

様々な生命現象は多様なシグナル経路の複雑な相互フィードバックにより制御される。シグナル経路の働きの解明は、発生現象や恒常性維持機構の理解に必須なだけでなく、種々の疾患の治療への応用も期待できる。これまで、生物学的な手法を用いた個々のシグナル経路の動作機構の理解が進んできたが、多細胞系において複雑なシグナル間相互作用を正確に記述することは困難であった。そこで、多様なシグナル経路の相互作用を理解するために、個々のシグナル経路の働きを数理モデル化して、定性的かつ定量的な理解を目指す数理生物学的手法が必要不可欠となる。

本研究では、複数シグナル経路の相互作用を包括的に理解するモデルとしてショウジョウバエ視覚系の発生に着目する。視覚系の発生では、初期に未分化な神経上皮細胞(NE)が増殖し、後期に神経幹細胞(NB)へと分化する。私達は、NEからNBへの分化が一定の方向性をもって進行するProneural Wave(PW)現象を発見した。さらに、傍分泌型で作用するEGFとJAK/STAT、接触型で作用するNotchシグナルによる細胞間相互作用がPWの進行を制御することを遺伝学的解析と数理モデリングにより明らかにしてきた(Yasugi et al., Development, 2008, Yasugi et al., Development, 2010, *Sato, *Yasugi et al., PNAS, 2016, *同等貢献, *Tanaka, *Yasugi et al., Sci. Rep., 2018, *同等貢献)。このように視覚系の発生は1.発生現象が時空間的に制御された中で進行する、2.進化的に保存された複数シグナル経路の相互フィードバックにより分化パターンが決定される、3.数理モデルによる予測を実証するための遺伝学的ツールが揃っている、ことから、数理解析に基づく生体シグナル伝達システムを理解するための優れた系である。

本研究では、内分泌型で作用するインスリンシグナルと、インスリンシグナルと細胞内で相互作用するTORシグナルに着目し、すでにPWの進行を制御することがわかっているEGF、JAK/STAT、Notchとの相互作用を詳細に検討する。その上で、数理生物学的手法による予測と実験生物学的手法による実証を融合することにより、視覚系の発生における、内分泌型、傍分泌型、接触型など「働き方」の異なる複数シグナルの相互作用の包括的な理解を目指す。

参考文献

  1. #Tanaka Y, #Yasugi T, Nagayama M, Sato M, Ei S.-I. JAK/STAT guarantees robust neural stem cell differentiation by shutting off biological noise.
    Scientific Reports 8 12484 (2018) #equal contribution
  2. Yasugi T, Yamada T, Nishimura T. Adaptation to dietary conditions by trehalose metabolism in Drosophila.
    Scientific Reports 7 1619 (2017)
  3. #Sato M, #Yasugi T, Minami Y, Miura T, Nagayama M. Notch-mediated lateral inhibition regulates proneural wave propagation when combined with EGF-mediated reaction diffusion.
    Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 113(35) E5153-62 (2016) #equal contribution
  4. *Yasugi T, *Nishimura T. Temporal regulation of the generation of neuronal diversity in Drosophila.
    Development Growth and Differentiation 58 (1) 73-87 (2016) Review *corresponding author
  5. Yasugi T, Fischer A, Jiang Y, Reichert H, Knoblich J. A. A regulatory Transcriptional Loop controls Proliferation and Differentiation in Drosophila Neural Stem Cells.
    PLoS One 9(5) e97034 (2014)
  6. Yasugi T, Sugie A, Umetsu D, Tabata T. Coordinated sequential action of EGFR and Notch signaling pathways regulates proneural wave progression in the Drosophila optic lobe.
    Development 137 (19) 3193-203 (2010)
  7. Yasugi T, Umetsu D, Murakami S, Sato M, and Tabata, T. Drosophila optic lobe neuroblasts triggered by a wave of proneural gene expression that is negatively regulated by JAK/STAT.
    Development 135(8) 1471-1480 (2008)

このページの先頭へ