数理モデルによる細胞膜ブレブの形成退縮機構の理解

研究代表者
池ノ内順一
九州大学理学研究院
http://www.biology.kyushu-u.ac.jp/~taisha/

研究概要

上皮細胞が癌化し浸潤癌になる過程において、細胞接着の喪失と遊走能の獲得が重要な段階となる。先行研究に於いて、この段階に上皮間葉転換現象(Epithelial mesenchymal transition:EMT)が関わっているとして多くの研究が為されてきた。しかしながら、近年、EMTに依らないがん細胞の浸潤能の獲得機構としてブレブによる細胞運動の重要性が指摘されている(Liu et al. Cell 2015)。私たちは、これまでブレブの分子メカニズムの解明を行ってきた。ブレブは細胞膜がアクチン細胞骨格から脱離することによって細胞内圧によって細胞膜が拡大し形成される。しかし一定の大きさに拡大すると、細胞膜にアクチン細胞骨格が再集積することによって退縮に転じる。私たちはこのような拡大と退縮を周期的に繰り返す動的な細胞膜構造に興味を持ち、ブレブの形成に関わる分子の同定と数理モデルの構築に取り組んできた。特定の遺伝子の発現が周期的に変動する機構については多くの先行研究が為されているのに対して、細胞膜構造のような多数の分子群(細胞膜脂質、膜タンパク質、裏打ちタンパク質、アクチン細胞骨格)の集合・離散が周期的に変動するブレブの形成メカニズムは殆ど研究がなされていない。

私たちは前回の公募班に採用していただき、これまで実験によって得られたブレブの形成・退縮に関わる分子のネットワークの知見とライブイメージングの定量的な解析結果に基づき数理モデルの構築を進めてきた。本研究課題では、ブレブの拡大と退縮を再現する数理モデルの構築し、がん細胞の細胞運動の分子メカニズムについて本質的な理解を目指す。また細胞運動のみならずアポトーシスなど様々な生命現象において観察されるブレブのダイナミクスの違いを明らかにする。一方で現在の数理モデルでは十分に説明できないブレブの動的挙動も見出しており、本研究提案では、ブレブの分子機構に関わる新規分子の同定及び機能解析と数理シミュレーションによる検証の両方を組み合わせることで、細胞膜の形成退縮のメカニズムの理解に迫りたい。

参考文献

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