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領域概要

領域代表挨拶



領域代表者
武川睦寛
東京大学医科学研究所 分子シグナル制御分野

生体内のシグナル伝達は、外部環境の変化に適応して人体の恒常性維持を司る、根源的な生命応答システムであり、またその破綻が疾患発症の原因となることが明らかにされています。生体の情報伝達ネットワークに関する多様かつ膨大な情報を統合して、生命をシステムとして理解するには、従来の分子生物学的手法のみでは困難であり、シグナル伝達を数式に変換し、コンピューターを用いてその動的反応様式を包括的に解析する数理科学的手法の導入が必要です。また、癌や自己免疫疾患を始めとする難治性疾患に対し、真に有効な治療法を開発する上でも、数理科学を用いてよりグローバルな視点から生体内の情報フローを整理し、創薬の標的となる重要分子や経路を見付け出す必要があります。この様な背景から、新学術研究領域「数理解析に基づく生体シグナル伝達システムの統合的理解」(数理シグナル)が発足しました。

本領域では、生命科学研究者および数理科学研究者が連携して、シグナル伝達ネットワークと生命機能制御の基本原理、およびその破綻がもたらす疾患を統合的に解き明かすことを目標としています。また、近年特に発展の著しい、オミクス解析、分子イメージング技術や、数理科学分野の新たな技術・方法論を積極的に導入して実験と理論を融合させることにより、生体応答を高精度に予測し、生命機能制御や疾患治療の鍵となる重要分子を抽出する新たな生命動態解析技術・理論の確立を目指します。この様な異分野連携を通して、生命がシステムとして理解され、新たな学術領域「数理シグナル」の創成につながるものと期待しています。

1)本領域の目的

生命活動の基盤となる生体内のシグナル伝達は、活性化・不活性化による単純な一次線形反応ではなく、多数の分子や要因が複雑に関与する高次非線形反応であり、この多様かつ動的な反応様式こそが生命機能制御の根源的メカニズムであることが明らかにされてきた。シグナル伝達ネットワークに関する膨大な情報を統合して細胞や人体をシステムとして理解するには、従来の分子生物学実験によるアプローチに加えて、数理科学的解析手法を導入する必要がある。本領域では、生命科学研究者と数理科学研究者が有機的に連携し、細胞内シグナル伝達ネットワークと生命機能制御の基本原理、及びその破綻がもたらす疾患発症機構を統合的に解き明かす新たな学術分野を創出する。また、オミクス解析技術や数理科学分野の新たな方法論を積極的に導入して「実験」と「理論」を融合させる事により、細胞応答を高精度に予測し、生命機能制御や疾患治療の鍵となる重要分子を抽出する新たな生命動態解析技術・理論を確立する。

数理シグナル研究の概念図

2)本領域の内容

本領域では生命をシステムとして捉え、シグナル伝達の時空間的な制御を明らかにすると共に、その破綻がもたらす疾患発症機構を分子レベルで統合的に解明する。この目的実現の為、分子生物学的解析による実験研究と数理的アプローチによる理論研究を相互に深化させて研究を推進する。具体的には、実験から得られた実測データに基づいて、シグナル伝達機構を数理モデル化すると共に、数理シミュレーションによって複雑な生命動態の原理を抽出し、未知の現象を予測する。さらに、予測が実際の細胞応答と一致するか、実験による検証を行って確認する。この様な双方向性の研究をサイクルさせることで、シグナル伝達と生命機能制御の作動原理を解明し、創薬戦略などの応用研究へと発展させる。また、本領域では、生命現象を網羅的に捉えるオミクス解析、構造生物学による原子レベルでの分子間相互作用解析や、化合物を利用して情報伝達の時空間特性を自在に操るケミカルバイオロジーの手法などを積極的に導入し、数理解析精度の飛躍的な向上を目指す。さらに、試験管や培養細胞で得られた成果を基に、遺伝子改変マウスの樹立や臨床検体を用いた個体レベルでの解析を推進して、疾患との関連を解明し、新規治療法開発や創薬への応用・発展を図る。このため、本領域では以下の研究項目を設ける。

(A01) 数理解析を目指した分子生物学的シグナル伝達解析

数理解析に必要な実測データの取得を目的とし、シグナル伝達と生命機能の制御メカニズムを分子細胞生物学・医科学的手法や、構造生物学的手法を用いて定量的に解析する。また、シグナル伝達異常がもたらす疾患の発症機構や病態形成メカニズムを、モデル生物や臨床検体を用いて解明する。特に構造生物学的解析においては、単一分子の構造解析のみならず、蛋白質分子同士や、蛋白質と核酸・化合物複合体の構造解明を目指す。また、分子生物学と構造生物学の両者に跨る、シグナル伝達分子の構造-機能連関を解析する研究を含む。

(A02) 数理モデル構築とシミュレーションによる生命機能制御機構の理解と予測

シグナル伝達と細胞機能のダイナミックな変化を、数理科学的観点から解析し、数理モデル化すると共に、シミュレーションを行って、複雑な生命動態の原理を解明し、未知の生命現象を予測する。また、生命機能制御や疾患治療の鍵となる重要分子を抽出する。さらに、数理解析の新たな方法論や技術を開発する。

(A03) 生体内シグナル伝達解析・定量化技術の開発

数理解析の精度向上に必要な、新たなオミクス解析技術、分子間相互作用解析技術などを開発すると共に、これらの技術を利用して、遺伝子、蛋白質、代謝物、翻訳後修飾などの網羅的解析を行い、未知のシグナル伝達分子や経路を同定する。また分子間相互作用やシグナル伝達を人工的に制御し自在に操る新技術や化合物の開発、シグナル伝達を可視化するイメージング技術の創成とその応用を目指す研究などを含む。

3)期待される成果と意義

生命科学実験と数理科学的理論を融合することにより、細胞内シグナル伝達制御機構の基本原理とその異常がもたらす疾患を統合的に解き明かす新たな学術領域「数理シグナル」を創出する。また、異分野の研究成果や技術基盤を統合して再構築することで、シグナル伝達の時空間動態を捉え、人工的に制御する新たな基盤技術や、生体応答を高精度に予測し、生命機能制御や疾患治療の鍵となる重要分子・経路を抽出する新たな生命動態解析理論の開発など、生命科学研究における技術面でのイノベーションにも貢献する。さらに、細胞内シグナル伝達システム制御機構の理解は、その破綻がもたらす、癌、自己免疫疾患、感染症、糖尿病、神経変性疾患など、社会的要請の高い疾病の病因・病態解明と治療のための創薬シーズを提供すると考えられ、国民の福祉に大きく貢献することが期待される。

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