インスリン経路と脂質代謝経路の相互作用に基づく神経回路スイッチ機構の解明

研究代表者
富岡征大
東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻
http://molecular-ethology.bs.s.u-tokyo.ac.jp/labHP/J/JTop.html

研究概要

インスリンシグナル伝達経路は神経細胞の様々な機能を修飾することにより脳機能に影響を与える。我々はこれまでに、局所的な神経回路で働くインスリン経路が味覚刺激と飢餓に依存した線虫の味覚忌避学習（taste avoidance learning）に枢軸的な役割をもつことを明らかにしている (Tomioka et al, 2006)。近年の研究により、線虫のインスリン受容体は哺乳類と同様に2種類のスプライスアイソフォームが存在し (Tomioka et al, 2016)、味覚神経の細胞体に局在するタイプは転写制御を介して飢餓経験の記憶形成に、軸索に局在するタイプは飢餓経験後の学習行動を誘導する役割をもつ可能性を示している (Ohno et al, 2014, Nagashima et al, under review)。さらに、味覚神経の軸索におけるジアシルグリセロール(DAG)の動態とそれに接続する介在神経の神経活動のメージングの結果から、軸索で働くインスリン経路は神経活動に依存したDAG動態を低下させ、味覚神経が信号を送る介在神経の活動を制御することで学習後の行動の調節を行っている可能性が示唆されている(Oda et al, 2011, Ohno et al, 2017)。一方で、異なる細胞内部位で働くインスリン経路が記憶学習を制御する詳細な分子機構は不明である。
　本研究では、遺伝学やオミクス解析などを用いて、飢餓記憶形成や学習行動の際に働く分子シグナルを明らかにしたい。特に、味覚忌避学習に重要な働きをもつインスリン経路やDAGなどの脂質代謝経路に関わる分子群に注目して研究を進める。また、蛍光分子ライブイメージングを用いて記憶形成時や学習行動時に働く神経や分子の動態を計測することで、学習に伴う神経回路機能の切り替えを制御する分子機構の実態を明らかにしたい。本研究により神経可塑性を制御するインスリン経路の働き方の詳細を解明することで、神経可塑性を制御する分子機構の数理モデル構築に貢献したい。本研究で注目する分子経路は種を超えて保存されており、記憶学習を司る海馬などにおいても重要な働きを持つことが知られている。従って、記憶学習を制御する進化的に保存された基本原理が明らかになることが期待される。

参考文献

  1. Ohno H, Sakai N, Adachi T, Iino Y. Dynamics of Presynaptic Diacylglycerol in a Sensory Neuron Encode Differences between Past and Current Stimulus Intensity. Cell Rep. 20(10):　2294-2303 (2017).
  2. Tomioka M, Naito Y, Kuroyanagi H, Iino Y. Splicing factors control C. elegans behavioural learning in a single neuron by producing DAF-2c receptor. Nat Commun7: 11645 (2016).
  3. Ohno H, Kato S, Naito Y, Kunitomo H, Tomioka M, Iino Y. Role of synaptic phosphatidylinositol 3-kinase in a behavioral learning response in C. elegans. Science 345: 313-317 (2014).
  4. Oda S, Tomioka M, and Iino Y. Neuronal plasticity regulated by the insulin-like signaling pathway underlies salt chemotaxis learning in Caenorhabditis elegans. J Neurophys106: 301-308 (2011).
  5. Adachi T, Kunitomo H, Tomioka M, Ohno H, Okochi Y, Mori I, Iino Y. Reversal of salt preference is directed by the insulin/PI3K and Gq/PKC signaling in Caenorhabditis elegans. Genetics186: 1309-1319 (2010).
  6. Lin CH, Tomioka M, Pereira S, Sellings L, Iino Y, van der Kooy D. Insulin signaling plays a dual role in Caenorhabditis elegans memory acquisition and memory retrieval. J Neurosci30: 8001-8011 (2010).
  7. Tomioka M, Adachi T, Suzuki H, Kunitomo H, Schafer WR and Iino Y. The insulin/PI 3-kinase pathway regulates salt chemotaxis learning in Caenorhabditis elegans. Neuron51: 613-625 (2006).

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