皮膚再生・再生不全を制御するシグナル伝達の時間軸変換の数理の解明
研究代表者
難波大輔
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野
http://www.tmd.ac.jp/mri/scm/
研究概要
生命現象における時間軸のスケールは非常に大きな幅を持つ。細胞内でのタンパク質間の相互作用などは分単位であり、新規遺伝子発現や細胞機能は時間単位で変化する。さらに組織や個体レベルになれば、その変化は日単位や、さらには月・年単位で始めて顕在化してくるものがある。細胞内シグナル伝達は、細胞レベルの機能調節を行うことによって、個体発生過程における組織の形成だけでなく、組織再生や老化といった現象にも関与しているが、細胞内シグナル伝達という分・時単位の現象が、組織再生や老化といった、日単位、さらに月・年単位の現象へと変換される機構、すなわち、小さな歯車の運動が、大きな歯車の運動に変換されるようなシグナル伝達の時間軸変換の機構は全く解明されていない。
ヒト表皮幹細胞は、培養系において自発的に生体における表皮と同様の多層化した上皮構造を形成する。これは幹細胞からの組織再生過程をin vitroにおいて再現できる極めて優れた系であり、この系において、イメージング技術と数理解析手法を駆使することで、幹細胞内シグナル伝達経路の変化→幹細胞動態の変化→組織再生という過程を、分子から組織のレベルまで横断的かつ定量的に理解することが可能である。
我々はこれまでに、PI3Kシグナルによるヒト表皮幹細胞のアクチン骨格制御(Nanba et al., EMBO Mol. Med. 2013)とヒト表皮幹細胞特有の回転運動 (Nanba et al., J. Cell Biol. 2015) を明らかにしてきた。さらに、多粒子間相互作用の物理学を基盤とした培養ヒト表皮幹細胞運動の数理モデル化と、それを用いたシミュレーションによって、表皮幹細胞運動の再現や数値計算による幹細胞集団動態の予測に成功している(Nanba et al., J. Cell Biol. 2015)。本研究課題では、これらの研究を発展させ、表皮の再生・老化現象における表皮幹細胞動態をモデルとし、幹細胞内シグナル伝達経路の活性化または減弱化→幹細胞動態変化→組織再生・老化という過程を、EGFRシグナルによる幹細胞動態の変化の速度論的解析とその反応拡散系モデル、さらに多細胞間相互作用の物理モデルによる細胞集団動態予測を融合することで、シグナル伝達の時間軸変換の機構を数理的に理解することを目指す。またマウスの皮膚創傷治癒モデルや老化モデル、さらには糖尿病性潰瘍の臨床サンプルを検証することで、老化や糖尿病による組織再生不全が、シグナル伝達の時間軸変換のどこに起因するかを明らかにする。
参考文献
- Liu N, Matsumura H, Kato T, Ichinose S, Takada A, Namiki T, Asakawa K, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis A, Geroges-Labouesse E, Nanba D, Nishimura EK. (2019). Stem cell competition orchestrates skin homeostasis and ageing. Nature 568: 344-350 (2019).
- Fukuda S, Nishida-Fukuda H, Nanba D, Nakashiro K, Nakayama H, Kubota H, and Higashiyama S. Reversible interconversion and maintenance of mammary epithelial cell characteristics by ligand-regulated EGFR systems. Sci. Rep. 6: 20209 (2016).
- Tate S, Imai M, Matsushita N, Nishimura EK, Higashiyama S, and Nanba D. Rotation is the primary motion of paired human epidermal keratinocytes. J. Dermatol. Sci. 79: 194-202 (2015).
- Nanba D, Toki F, Tate S, Imai M, Matsushita N, Shiraishi K, Sayama K, Toki H, Higashiyama S, and Barrandon Y. Cell motion predicts human epidermal stemness. J. Cell Biol. 209: 305-315 (2015).
- Nanba D, Toki F, Barrandon Y, and Higashiyama S. Recent advances in the epidermal growth factor receptor/ligand system biology on skin homeostasis and keratinocyte stem cell regulation. J. Dermatol. Sci. 72: 81-86 (2013).
- Nanba D, Matsushita N, Toki F, and Higashiyama S. Efficient expansion of human keratinocyte stem/progenitor cells carrying a transgene with lentiviral vector. Stem Cell Res. Ther. 4: 127 (2013).
- Nanba D, Toki F, Matsushita N, Matsushita S, Higashiyama S, and Barrandon Y. Actin filament dynamics impacts keratinocyte stem cell maintenance. EMBO Mol. Med. 5: 640-653 (2013).
- Barrandon Y, Grasset N, Zaffalon A, Gorostidi F, Claudinot S, Lathion Droz-Georget S, Nanba D, and Rochat A. Capturing epidermal stemness for regenerative medicine. Semin. Cell Dev. Biol. 23: 937-944 (2012).