アメーバのかたちを決めるメカノシグナル伝達

研究代表者
岩楯好昭

山口大学大学院創成科学研究科
http://biophysics.sci.yamaguchi-u.ac.jp/

研究概要

生物の“かたち”は多様でありその運動機能と密接に関係する場合も多い。例えば、魚は頭が大きく尾が細いことで、自身の後ろで渦が発生するのを防ぎ効率的に泳げる。かたちが運動機能と密接に関係しているのは細胞にとっても同様である。細胞性粘菌アメーバは溶液に浮遊中や基質への接着直後は不定形で移動できないが、間もなく前後極性を生み出し移動し始める。さらにしばらく経つと、半月形となってまっすぐに移動し続けることがある。

半月形となった細胞の移動の直進性や運動速度は不定形の細胞の移動に比べ遥かに上昇することから、この半月形のかたちはアメーバ運動という機能を効率的に実行する最善の形態と推測される。細胞性粘菌アメーバだけでなく、繊維芽細胞、上皮ケラチノサイトなど様々な細胞種がこの形態を示す。生物学的観点から、この半月形のかたちの形成は、細胞種によらない普遍的な現象として興味深い。また医療応用の観点からも、アメーバのかたちや運動特性を人為的に制御できるようなれば、がん細胞の転移制御による正常な組織からの排除や、創傷治癒過程の上皮細胞の移動制御による治癒時間の短縮や傷痕を残さない上皮の修復など、新しい治療法への応用が期待できる。そこで本研究の大きな目標は、「アメーバが半月形のかたちになる細胞内シグナル伝達機構を明らかにすること」である。

魚類表皮ケラトサイト(keratocytes) は、常に半月形を維持し、ヒトのケラチノサイトの50倍の速度で移動するユニークな細胞である。細胞体内にストレスファイバと呼ばれる収縮性のアクトミオシン線維を持つ。このストレスファイバは半月形となった他種の細胞でも確認できる。最近、我々はストレスファイバを人為的に破壊すると、細胞前端の伸長速度勾配が維持できなくなり半月形のかたちも崩壊することを発見した。

半月形のかたちが保たれるメカニズムは、細胞前端の伸長速度が中央で速く、側部で遅いというGraded Radial Extensionモデルで説明されている。細胞の後部に存在するストレスファイバがどのようにして細胞前端の伸長速度勾配を形成しているのかは全く不明である。我々は、ストレスファイバの牽引力の勾配が細胞前端の伸長速度勾配を生み出すという「メカノシグナル伝達によるアメーバのかたち形成仮説」を本研究で新たに提案し、この仮説の正しさを理論と実験を組み合わせて証明する。

参考文献

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