山火事の熱と煙で目覚めるアカパンカビ子嚢胞子のシグナル伝達経路網
研究代表者
本田信治
福井大学学術研究院医学系部門医学領域生命情報医科学講座染色体機能学分野
http://chromosome.med.lab.u-fukui.ac.jp/ja/
研究概要
背景
私はこれまでにモデル生物のアカパンカビ(Neurospora crassa)を用いて、DNAメチル化を中心としたヘテロクロマチンの基礎研究に従事しておりました(下記の参考文献)。しかし、2012年に自身の研究室を主宰する機会を頂きました際に、これまでとは異なる研究分野にも挑戦しようと考え、実施した課題の1つが本研究です。
アカパンカビと言えば、高校の生物で習います「1遺伝子・1酵素説」を思い浮かべのではないでしょうか。他には、名前から「古くなったパンに生える赤いカビ」でしょうか。しかし、アカパンカビはパンに生える「あの赤いカビ」ではありません。実際はオレンジ色で、自然界においては生命がほぼ死滅した山火事後に目撃されます(図中の写真)。これは、アカパンカビの一つの形態であります子嚢胞子が50℃を超える温度を感知すると、一度だけの半不死身な休眠状態を解除し、鎮火後に速やかに発芽・増殖するからです(図)。しかし、この分子機構はまったくわかっておらず、その研究自体も1979年を最後にほぼ途絶えた状態でした。そこで、私はこの独特な生命現象に再着目し、アカパンカビが遺伝子欠損(KO)ライブリーを整備し終えた利点を活かし、大規模KOスクリーニング(逆遺伝学手法)を実施しました。その結果、山火事の「熱」で休眠を解除する経路、そして予期もせず、山火事などで発生する「煙」成分で休眠解除する経路を発見致しました。更に、これらの経路を細胞内でシグナル変換し、下流に伝える経路も見出しました。本研究では、これらのシグナル伝達網の主要因子群の活性化・不活性化状態を担うドメインを同定し、その機能証明を分子レベルで成し遂げ、更に、熱感知候補因子の解析を行い、熱感知シグナル伝達経路の解明を目指します。
研究計画
アカパンカビ子嚢胞子は大変小さく、半不死身なストレス耐性を持つため、多くの実験が困難です。そこで今回、アカパンカビが持つ特殊なゲノム防御機構RIP(Repeat Induced Point mutation)を利用します。RIPは、生殖期にトランスポゾンなどがゲノム上で重複した場合に発動し、その重複配列のみを特異的にDNA変異させ、究極的には遺伝子破壊します。面白いことに、このRIPはどんな配列でも人為的にゲノム上で重複させ、交配させれば発動します。また、RIPによるDNA変異は軽度から重度まで様々(ランダム)です。そこで、大規模KOスクリーニング法によって同定した遺伝子群を人為的に重複させ、RIPを発動させます。そして、このランダム変異させた遺伝子を持つ無数の子孫株から、熱や煙への感受性が変化する変異株を選別することで、遺伝子変異と表現型を結びつける順遺伝学手法を実施いたします。そして、この表現型を導くアミノ酸変異が集積する領域を統計解析することで、機能(活性)部位と制御部位を絞り込みます。更に、アミノ酸変異が及ぼす立体構造予測をもとに、例えば、人為的に活性化状態で安定化させるアミノ酸変異などをデザインし、その形質変換株を作成することで、熱や煙への感受性が期待通りの表現型になるのかを試みます。
参考文献
- Klocko AD, Ormsby T, Galazka JM, Leggett N, Uesaka M, Honda S, Freitag M, and Selker EU. Normal chromosome conformation depends on subtelomeric facultative heterochromatin Neurospora crassa. PNAS 113(52):15048-15053 (2016)
- Honda S, Bicocca VT, Gessaman JD, Rountree MR, Yokoyama A, Yu EY, Selker JM, and Selker EU. Dual chromatin recognition by the histone deacetylase complex HCHC is required for proper DNA methylation in Neurospora crassa. PNAS 113 (41), E6135–E6144 (2016)
- Galazka JM, Klocko AD, Uesaka M, Honda S, Selker EU, Freitag M. Neurospora chromosomes are organized by blocks of importin a-dependent heterochromatin that are largely independent of H3K9me3. Genome Research 26(8):1069-80 (2016)
- Honda S, Lewis ZA, Shimada K, Fischle W, Sack R and Selker EU. Heterochromatin Protein 1 forms distinct complexes to direct histone deacetylation and DNA methylation. Nature Structural & Molecular Biology 19, 71-7, (2012)
- Honda S, Lewis ZA, Huarte M, Cho LY, David LL, Shi Y and Selker EU. The DMM complex prevents spreading of DNA methylation from transposons to nearby genes in Neurospora crassa. Genes and Development 24: 443-54. (2010)